言葉だけの映画館
今回の上映作品は、オードリー・ヘップバーンの作品からです。
この方の作品は、それぞれ有名で、また、いずれの作品も彼女の魅力を
最大限に引き出していたのではと思います。
そして、美しい人は年とともに、変わるものですが、
彼女ほどかわいく、そして魅力的なままに変わっていった人も
数少ないと思います。
でも、そう思いたいのは私だけでしょうか・・・(笑)
私だけの意見で恐縮ですが、私の好きな作品は「ローマの休日」、「シャレード」、「おしゃれ泥棒」です。
いずれも、「かわいさ」という彼女の魅力を最大限に生かした作品ですが、
もし、今夜のテレビで、上映されたら時間のある方はほとんどの方が見られるのではないでしょうか、
お話の展開は、いずれもある意味で単純、でも、少しロマンスがあったり、サスペンスがあったり、そして
コメディみたいだったりととても楽しませてくれます。
そして、映画の中では彼女が輝いているように思いますし、彼女がいたからこそ
あのような作品をつくることができとも思います。
でも、最近、そのような映画の一場面などが、コマーシャルやポスターに使われているのを見かけます。
某紅茶飲料のプレゼント用のCMをはじめ、英会話学校、カタログ販売・・・etc
これは彼女の魅力が今の人たちにも変わらず受け入れられることを誰かが見つけだしたのでしょうか
それとも、復古調の中に特徴を出したかったのでしょうか・・・
いずれにしても、現在も受け入れられるキャラクターということなのでしょう
映画の世界では、愛や正義、時には娯楽という楽しみなど普遍的なことをテーマとする場合と
時代を反映し、また社会の抱える問題意識を表現したものがあるように思います
ただ、彼女の作品を考えてみると
多分、彼女が創り出したのは、「かわいさ」と「夢」や「ロマン」という
普遍的なものを表したのではないでしょうか
普遍的な「かわいらしさ」、「夢」、「ロマン」・・・
いつでも私たちが求めるものです。
でも、もしかしたら、彼女が再びコマーシャルの素材などによく使われるということは
現在の社会に、そのようなことが少し足りないとみんなが感じているのかもしれません。
そして、その足りない部分を、もう一度彼女に託しているのかもしれません。
情報化社会の進歩は一つのことに感慨を覚える間もないくらいに急速に進歩しています
そして、複雑化していく世界は、「かわいい」と単純に感動する以上の情報を与えてしまいます。
デジタルの社会では、アナログのようなもどかしさとも言うべきものを
極端に排除してしまいます。
そのため、多くの人が心の中に「遊び心」「ゆとり」とでも言うような余裕に浸ることができず
何らかの疲れを感じているのではないでしょうか。
もしかしたら、ぼく自身が一番疲れているのかもしれませんが、
デジタルかが進展する世界の中で、
彼女が与えてくれた夢のある世界以上のものを
どのようにこれからの映画が与えてくれるのか
少し願いを込めた期待を持って見ていきたいと思います・・・
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