『菊と刀』の勉強をしましょう(1)
(C)森 貞彦
はじめに (附: 勉強を始めるにあたっての注意)
『菊と刀』は第二次大戦直後に書かれた本で、もう半世紀以上も経っていますが、非常に奥が深く、何度読んでもその都度ハッとするような新しい知識、いや、ものの見方にめぐり会えます。しかしながらそれを十分に深読みする人は稀です。それで、その本の真価を知る人はほとんど居ません。
これは、日本だけの問題ではありません。『菊と刀』を書いたルース・ベネディクトの母国アメリカでさえ同様です。だからその国の政府要人が今度の戦争の終結後にイラクの「民主化」を推進するにあたって第二次大戦後の日本占領の経験を生かすのだなどと馬鹿げたことを言い出したのです。
1940年代にアメリカが日本占領を無事に成し遂げたのは、ベネディクトという天才がいろいろな進言をして、アメリカ政府がそれを取り挙げたからです。彼女はアメリカ軍がマリアナ諸島を占領した頃から戦時情報局で日本問題を担当し、皇居を爆撃してはいけないとか、天皇を辱めると困難な問題が生じるなどと、数々の重要な進言をしました。それらの進言は、日本の文化の型を見据えたうえで出されたのです。日本文化の型を見据えるというのは、天才でなければできなかったことです。
今のアメリカにはイラクの文化の型を見据えることのできる天才は居ません。それどころか、ベネディクトの言う「文化の型」が何であるかを十分に理解している人さえ居ません。彼女が作り上げた学問の体系は、彼女の死後誰一人守り育てようとしなかったので、埋もれてしまいました。そして彼女が徹底的な文化相対主義者であったことも忘れられました。第二次大戦当時のアメリカ政府はベネディクトが文化相対主義者であることを承知のうえでその進言を尊重したのですが、イラク戦争をしたブッシュ政権はアメリカ人の人生観がイラク人の人生観に優越するという根拠の無い前提を疑っていません。そんな人たちが第二次大戦後の日本占領の経験を生かそうとしても成功することはありえません。
ひるがえって日本の状況を見ますと、アメリカの現状とは違った意味で暗い気持ちになります。学者、知識人、そして一般市民の間から『菊と刀』に関連する発言が数えきれないほどたくさん現われては消えていきますが、どれ一つとして納得の行くものがありません。筆者はこの状況をそのままにしておいてはいけないと思ったので、2002年に『「菊と刀」再発見』(東京図書出版会刊)を上梓しました。これによって『菊と刀』の正しい姿の概略を示すことができたと思います。しかしそれだけではとても十分でありません。 日本人が、そしてアメリカ人が『菊と刀』を誤解したことについては、1950年頃に柳田國男、和辻哲郎、津田左右吉、南博、川島武宜、有賀喜左衛門といった人々が間違った批評をしたことが大きく影響したのです。それがわかったので筆者は、2003年に『みなしご「菊と刀」の嘆き− 学界の巨頭たちが犯した大過』(東京図書出版会刊)という本を出しました。その権威者たちの発言に対してはそれまでほとんど批判が行なわれていなかったのですが、こういうことを知ると、日本における学問の在り方に疑問を抱かずには居られません。
そういうわけで、『菊と刀』をめぐって勉強し、議論することはまだまだやめられません。むしろ『菊と刀』の研究は始まったばかりだと言うほうが良いようです。『菊と刀』をめぐる問題の広がりは茫漠としており、しかも一つ一つの問題の深さはどこまで掘り下げれば良いかわからないほどです。とてもじゃありませんが、筆者の残り少ない人生の間に論じ尽くせるとは思われません。それでこうやってホームページを開設し、老若男女を問わず同志を募ってお互いに勉強しようと思いついたのです。そうすれば、たとえ筆者が研究を続けられなくなってもどなたかがそれを受け継いでくださるかもしれないと考えます。
(勉強を始めるにあたっての注意)
『菊と刀』の勉強を始めるにあたって、先ず注意しておかねばならないことがあります。それは、これからする勉強は『菊と刀』の各章を一つ一つ取り挙げて「第一章 研究課題 − 日本」、「第二章 戦時中の日本人」……というように順次読んでいくということではありません。ではどうするかというと、まず『菊と刀』と関係のありそうな材料を見て、それが『菊と刀』のどこと関係があるかを考え、その関係がどういうものであるかを追究していくのです。ですから、『菊と刀』のどこにどんなことが書かれているかが頭に入っていないと話が始まりません。『菊と刀』の勉強をするというのは、文字列を覚えることではなく、その文字列が何を意味するかを考えることです。
すでに筆者が『「菊と刀」再発見』で指摘したように、『菊と刀』は単なる知識の積み重ねではなく、一つのまとまったシステムと見るべきものです。このことを理解するには次の比喩が役に立つでしょう。象という動物を知らない人が目隠しされた状態でそれに接近し、鼻に触れて数歩後退し、また近付いて耳に触れて後戻りし、その次には足に触れ…というようなことを繰り返しても、その都度得た蛇のような、大きい団扇のような、柱のような…等々の印象をどう関連付けるべきかがわからないと、象に対する正しい認識には到達できません。それと同じで、『菊と刀』の各章を熱心に読んだとしてもそれらが全体の中でどう関連付けられるかがわからなければ何にもならないのです。
そういうわけで、「『菊と刀』の勉強をしましょう」と言い出したからには、『菊と刀』の各章がそれぞれ全体の中でどう関連付けられるかという話から始めるべきだということになるでしょう。しかし筆者としましては、その話はすでに『「菊と刀」再発見』の第一章でかなり詳しくいたしましたので、ここに繰り返すことはご容赦いただきたいと思います。ただ、このホームページをご覧の方の中には『「菊と刀」再発見』をまだお読みになっていない向きもあることと思われますし、そればかりか『菊と刀』の一部分しか読んでいない人々も居られるでしょうから、必要に応じて、できるだけ平易に、誤解が起こらないように、注意しながら話を進めていくようにいたします。
皆様のご意見、ご感想あるいはご質問をどしどしお寄せください。いただいたメールの中から適切なものを選んで、寄稿者の了解を得てからホームページで紹介させていただきます。
次回は『公式日本人論ー 「菊と刀」貿易戦争編』を取り挙げて、アメリカ人がどれほど不勉強かを論じる予定です。
第2回(『公式日本人論ー 「菊と刀」貿易戦争編』について)へ
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(開設:,2003年5月1日。最近の更新:2005年6月3日)