映画「赤い靴」と現代文明
――罪の文化の恐ろしさ――
森 貞彦
T
1948年にイギリスで製作された映画「赤い靴」(1) は、最高の美を追求する精神が天才バレリーナの生命を奪う物語である。美は人間にとって重要な価値であるはずだが、飽くなき美の追求がかえって死をもたらし、美の実現を阻害するという矛盾が描かれている。本稿では、その矛盾が起こるについては西欧人の社会を覆っている罪の文化が支配的な役割を持っていることが示され、その映画が西洋文明の行方に関してある象徴的意味を持っているという見解が導かれる。
映画のあらすじを述べよう。レルモントフはイギリス最大のバレー団の座長である。そのバレー団に作曲家クラスターと踊り子ペイジとがほぼ同時に入団した。この二人はともに若くて非常に有能であったのでレルモントフに認められ、運もあって、急速に地位を高めてやがて花形となった。レルモントフはアンデルセン原作の「赤い靴」を脚色したバレーを企画した。その初演はクラスターの作曲、指揮とペイジの主演によって大成功を収めた。この上演を契機としてクラスターとペイジは熱烈な恋に陥った。しかしレルモントフはこれを祝福せず、むしろ芸術に対する妨げと見てその仲を割こうとした。二人は退団して結婚し、クラスターは別の劇団でオペラの作曲に従事した。結婚生活は幸せであったが踊ることを生き甲斐としていたペイジはそれを失った。レルモントフはそこに付け込んでペイジを再びバレーの舞台に立たせようとした。彼の頭にはペイジの才能を限界まで引き出して最高の美を実現することしかなかった。これに動かされたペイジの主演でいよいよ「赤い靴」再演の幕が上がろうとするところにクラスターが駆け付け、ペイジを連れて帰ろうとした。彼とレルモントフとの間には口論が起こった。彼女が悩みに悩んだ末にクラスターに「さよなら」と告げることによって口論は終わった。しかしその「さよなら」はレルモントフにも、舞台にも、そしてこの世にも向けられたものであった。彼女は舞台の衣装を着け、赤い靴を履いたまま驀進してくる列車の前に身を投じた。このハプニングを知ったレルモントフは観客にペイジが永久に踊れなくなったことを告げたうえで主役抜きのバレーの幕を開けた。その舞台を凝然と見つめるレルモントフの姿を映して映画は終わる。
そこには芸術至上主義の残酷さがある。レルモントフの芸術至上主義は早い段階で示される。ペイジがまだ無名の踊り子であったときにその叔母である伯爵夫人が姪の売り込みを企てて彼をパーティに招待し、その席でペイジを踊らせようとしたが、そこで次のやり取りがあった。
レルモントフ How
would you define ballet, Lady Neston?
(バレーとは何だとお考えですか、ネストン様。)
伯爵夫人 Well,
one might call it the poetry of motion perhaps or …
(そうですね、運動の詩と言う人もあるでしょうし、それから…
レルモントフ One
might, but for me, it is a great deal more. For me, it is a religion. One doesn’t really care to see one’s religion
practiced in an atmosphere such as this.
(そういう人もあるでしょうが私にとってはもっと大きいものですよ。私にとってはバレーは宗教です。誰だってこういう雰囲気の中で誰かの宗教が実行されるのを本気で見はしません。)
伯爵夫人(立ち去るレルモントフの後姿を見ながら)
Attractive brute.
(冷たい人だけどすてき。)
ペイジはレルモントフが自分の踊りを見ようとしないのに気付いて彼の後を追い、ドリンクコーナーに居るのを見つけてその傍らで自分も飲み物をあつらえた。当初彼はそこに現れたのが伯爵夫人の姪とは気付かなかったが、それを知ってからこんな問答があった。
レルモントフ Why
do you want to dance?
(なぜ踊りたいのですか。)
ペイジ Why
do you want to live?
(なぜ生きていたいの。)
レルモントフ I
don’t know exactly why, but I must.
(厳密にはよくわからんが、そうしなけりゃならんからだ。)
ペイジ That’s my answer too.
(わたしの答えもその通りよ。)
レルモントフはペイジの言葉に感ずるところがあって彼女を入団させることにした。
この会話からレルモントフとペイジの思想が似ていることが見て取れる。もっとも、彼女が後に彼の反対を押し切って結婚したことから分かるように両者の思想が完全に一致するとは言えないが、例えば伯爵夫人のような人と比べればはるかに近いものと言える。それは一種の芸術至上主義と言ってもよいであろう。この二人の思想的調和が「赤い靴」の初演の大成功の一つの要因であった。しかしその成功をもたらしたのが芸術至上主義だけではないことに注意すべきである。クラスターとペイジとの間に生まれた愛もまた成功の要因であったが、それは成長するうちに早晩レルモントフの芸術至上主義と衝突せずには済まなくなるものであった。
レルモントフは最高の踊りをしようとするバレリーナにとって愛は障害であると確信していた。ペイジの前にプリマを務めていたバレリーナが結婚すると言ったときに彼は‘You can’t have it both ways. The dancer who relies upon the doubtful
comfort of human love. They’ll never be a
great dancer. Never.’(おまえは二股を掛けることなんができないよ。人間の愛のいい加減な慰みを信頼するダンサーなんてものはね。そんなものは偉大なダンサーには絶対になれないんだ。絶対にだよ。)と言った。彼は人間の愛を信じなかった。映画の終りに近いところでレルモントフとクラスターとが口論したことはあらすじで言及したが、そのときにこういうやりとりがあった。
レルモントフ Why
do you think I waited day after day since you sent her away from me? For a chance to win her back.
(おまえが彼女を連れて行ってから俺が来る日も来る日も待っていたのをどう思っているのだ。彼女を取り返すチャンスを捕まえるためにだ。)
クラスター Because
you’re jealous of her.
(嫉妬してるからだ。)
レルモントフ Yes,
I am. But in a way you would never
understand.
(その通り。だがな、おまえなんかには金輪際わからないすじ道でのことだぞ。)
レルモントフの言葉には軽蔑のニュアンスがある。彼は人と人との間の愛をさえ否定して自分の存在全体をひたすら芸術に投入するのを崇高なことと考えた。それで、前にも言ったように、彼の頭にはペイジの才能を限界まで引き出して最高の美を極めることしかなかった。そこには一種の優越感が潜んでいた。すなわちそれができるのは世界中で自分一人だという誇りである。人を愛することは誰でもできるがペイジの才能を開花させることは自分だけにしかできないという自負があった。それでクラスターの‘Do you wanna destroy our love?’(僕らの愛をつぶすつもりか)という非難は‘adolescent nonsense.’(青臭いたわごとだ)と一蹴した。
話は遡るが、レルモントフがクラスターにアンデルセン童話の「赤い靴」をバレーにする計画を打ち明けた時に大略を次のように説明した。
レルモントフ The
Ballet of the Red Shoes is from the fairy tale by Hans Anderson. It is a story of a girl who was devoured
by an ambition to attend a dance in a pair of red shoes. She gets the shoes and goes to the dance
and at first all goes well and she is very happy. At the end of evening, she gets tired
and want to go home.
But the red shoes are not tired. In fact, the red shoes are never
tired. They dance out into the
street, they dance over the mountains and valleys, through fields and forest,
through night and day. Time rushes
by, love rushes by. Life rushes by
but the red shoes dance on.
(赤い靴のバレーはハンス・アンデルセンの童話から取ったものだ。それは一足の赤い靴を履いて踊りに参加したいという念願に取り付かれた娘の物語だ。その娘はそういう靴を得て踊りに行って、はじめは万事好都合に行き、彼女は幸せだった。踊りの会が終わり、彼女は疲れて家に帰りたいと思った。
ところが赤い靴は疲れなかった。まったく、赤い靴は全然疲れなかった。靴は道路に出ても踊り続け、山も谷も越え、野腹も森も通り過ぎ、夜も昼も踊り続けた。時間はあっという間に過ぎ、愛もさっと行ってしまった。命も飛び去ったけれども赤い靴は踊り続けた。)
クラスター What
happens in the end?
(最後にどうなるんですか。)
レルモントフ In
the end she dies.
(最後に彼女は死ぬんだ。)
レルモントフの話はアンデルセンの作品といくらか違う。原作では少女は素晴らしい出来栄えの赤い靴を履くことに喜びを感じて、無彩色の服装をしなければならない教会の儀式の席にまでそれを着けて行った。そして説教も、讃美歌も、祈りの言葉も上の空で、ただ赤い靴のことばかり考えていた。そればかりか明日も知れぬ重病の養母を放っておいて舞踏会に出かけさえした。踊り続けねばならなくなったのは、たび重なるこのような非行の罰としてであった。夜も昼も野を超え山を越えて休みなく踊り続けて身も心も憔悴しきった末に、首切り役人に頼んで両足を切ってもらってようやく休めた。そして少女は心を入れ替えて人のために熱心に奉仕した。この善行が神に認められ、許されて安らかに天国に昇ったという。
原作とレルモントフの言うこととの間にいくらかの形式的相違があるにしても、飽くなき美の追求が重大な危険をもたらすという大筋は異ならない。それは、時間も、空間も、愛も、生命さえも吹き飛ばして突き進み、美の主体であるべき人を不具にしたり死なせたりする。
ペイジは人間の愛に心を満たされるのが信頼に値せぬいい加減なこととは考えなかった。ところがそういう個人の意思を超越するものが彼女を追い立てて生命の限界を超えさせたのである。このように言うとレルモントフが悪魔のように見えるかもしれないが、よく考えると彼一人のせいにするわけにはいかないことが分かってくる。以下で考察するが、それは個人の意思を超越するもののせいであり、レルモントフという個人に帰すべき問題ではない。それは文化の型の問題である。
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文化の型に関して『菊と刀』において示された最も単純な分類は「恥の文化」と「罪の文化」とに分ける二分法である。それらがどう違うかは‘True shame cultures rely on external sanctions for good behavior,
not, as true guilt cultures do, on an internalized conviction of sin.’という文によって言い表されている。意訳すれば「少しも罪の文化的なものを含んでいない恥の文化では、自分が善いと思うことをすれば他人もそれを善いと認めてくれるからするのであって、少しも恥の文化的なものを含まない罪の文化がするような、自分が善いと思えば他人が認めようと認めまいとかまわずに実行するということはない」ということである。現実の社会においては「少しも罪の文化的なものを含んでいない恥の文化」というものも「少しも恥の文化的なものを含まない罪の文化」というものも存在しないが、たいていの場合にはどちらかに偏っている。ベネディクトの説に従えば、日本の場合には恥の文化に偏っており、西欧では一般的に罪の文化に偏っている。ここに掲げた僅かな文ではこの分類がどれほど意味深長であるかは理解し難いが、拙著『「菊と刀」注解 増補改訂版』を熟読すればそれを理解できるであろう。ここでは長い説明をするわけにはいかないのでごく大雑把な話になるけれどもどうかご了解いただきたい。
「恥の文化」および「罪の文化」という造語をしたのはベネディクトであるが、日本人と西欧人との思考と行動の特色が対照的であることはずっと前から知られていた。夏目漱石は日本と西洋の文明の違いとしてそれを捉え、小説『吾輩は猫である』の中で珍客に次のように言わせた。
西洋人の遣り口はみんなこれさ。ナポレオンでも、アレキサンダーでも勝って満足したものは一人もないんだよ。人が気に喰わん、喧嘩をする、先方が閉口しない、法庭へ訴える、法庭で勝つ、それで落着と思うのは間違さ。心の落着は死ぬまで焦ったって片付く事があるものか。寡人(かじん)政治がいかんから、代議政体にする。代議政体がいかんから、又何かにしたくなる。川が生意気だって橋をかける、山が気に喰わんと云って隧道(トンネル)を堀る。交通が面倒だと云って鉄道を布(し)く。それで永久満足が出来るものじゃない。去ればと云って人間だものどこまで積極的に我意を通す事が出来るものか。西洋の文明は積極的、進取的かも知れないがつまり不満足で一生をくらす人の作った文明さ。日本の文明は自分以外の状態を変化させて満足を求めるのじゃない。西洋と大に違うところは、根本的に周囲の境遇は動かすべからざるものと云う一大仮定の下(もと)に発達しているのだ。親子の関係が面白くないと云って欧洲人の様にこの関係を改良して落ち付きをとろうとするのではない。親子の関係は在来のままで到底動かす事が出来んものとして、その関係の下に安心を求むる手段を講ずるにある。夫婦君臣の間柄もその通り、武士町人の区別もその通り、自然その物を観るのもその通り。―山があって隣国へ行かれなければ、山を崩すと云う考を起す代りに隣国へ行かんでも困らないと云う工夫をする。山を越さなくとも満足だと云う心持ちを養成するのだ。それだから君見給え。禅家でも儒家でもきっと根本的にこの問題をつらまえる。いくら自分がえらくても世の中は到底意の如くなるものではない、落日を回(めぐ)らす事も、加茂川を逆に流す事も出来ない。只出来るものは自分の心だけだからね。(2)
この引用文の前半で言われているのが罪の文化に由来する行動の型の例であり、後半で言われているのが恥の文化に由来する行動の型の例であることは容易に見て取れる。罪の文化の人たちは、終りに近いところにある「いくら自分がえらくても世の中は到底意の如くなるものではない」ということを認めようとしない。レルモントフの言行がそれを反映していることは明らかである。彼は最高に美しい踊りを実現することにすべてを懸け、プリマ・バレリーナが結婚することにさえ不満を隠さない。しかしながらその方針で行く限り「積極的、進取的かも知れないがつまり不満足で一生をくらす人」であることを免れない。それは「自分が善いと思えば他人が認めようと認めまいとかまわずに実行する」ことを当たり前とする文化の中では有りがちなことである。
罪の文化のこの基本的志向はその文化の中に生まれ育った人の無意識の中に根を張ってその人たちの活動のあらゆる方面に支配的な影響を及ぼす。それは宗教においては非寛容の態度を育む。異教に対する非寛容は真面目なキリスト教徒にとって当然のことである。彼らの信ずる神の律法は神聖で人間を超越するものであり、パーティの席で議論するようなものではない。だからレルモントフが自分にとってバレーは宗教だと告げ、誰だってこういう雰囲気の中で宗教が実行されるのを本気で見はしませんと言われると伯爵夫人はグウの音も出なかった。日本でならレルモントフが背を向けた時に「何ていけずなんでしょう」というような非難の言葉が出てもおかしくない場面であるが、伯爵夫人の口から出たせりふはレルモントフを冷血漢だと思いながらも魅惑を感じることを表白している。すなわちレルモントフの態度、行動が彼らの社会の規範を少しも犯しておらず、むしろ人々の憧憬を誘うものであることを示唆している。
話がずいぶん飛躍するように見えるかもしれないが、筆者は上に述べたこと、とくにレルモントフがバレーを宗教だと言ったことに関連して、デカルトが『方法序説』の中で「私は考える、それ故に私は有る」という有名な命題を掲げるに当たって述べたことを思い出す。その命題が述べられている段落の初めの方に次の叙述がある。
……日常の道徳についていえば、きわめて不確実であると知られている意見にも、人はあたかもそれがまったく疑うべからざるものであるかのように、それに従うことが時としては必要であることを、私は久しい以前から認め、そのことをすでに述べてもおいた。けれども今この場合としては私はひたすら真理の探究に没頭したいと願うのであるから、まったく反対の態度を取らねばならぬであろう。いささかでも疑わしいところがあると思われそうなものはすべて絶対的に虚偽なものとしてこれを斥けてゆき、かくて結局において疑うべからざるものが私の確信のうちには残らぬであろうか、これを見とどけなければならぬと私は考えた。(3)
真理の探究に没頭しようとするデカルトの態度と、バレーの舞台に最高の美を実現しようとするレルモントフの態度とが非常によく似ていると言ってもよいように思われる。共に一切の妥協を排して、すなわち自分の目的のためとあれば日常の道徳さえ無視して突進するのである。これが罪の文化に由来する態度であることは改めて説明するまでもあるまい。デカルトはその突進によって基本的な真理を言い表す先程の命題に到達した。そして更に進んで神の存在が疑うべからざるものであるという確信に至ったが、これはレルモントフがバレーを宗教だと言ったのがいい加減な出まかせでなく、一つの確信であることを裏づける。ここで注意すべきことには、レルモントフの確信は悲劇を招いた。それは日常の道徳――それには夫婦の愛によって健全な家庭を維持することも含まれる――を軽視した結果であった。映画では規模の小さい社会で起こったことだけが描かれているが、デカルトはそれと比較にならないほど大きい社会に影響を及ぼした。彼が日常の道徳を軽んじたことは、現代のもろもろの苦悩とかかわりを持っているのである。
その苦悩については後でもう一度触れるが、ここで話を映画に戻そう。ドリンクコーナーで交わされたレルモントフとペイジとの会話を後日に起こったことと突き合わせてみると、ペイジもまた罪の文化の人であることが分かる。彼女にとって踊ることは生きることと同じであり、何はともあれ踊らねばならないから踊るのである。人に称賛されるからでもなければ「運動の詩」を語るためでもない。この考え方はまさに罪の文化のものである。目的は踊ること自体であり、他の何でもないから会心の踊りをしてこそ生きる意味があるのだが、大切な舞台に出る直前に座長と夫が激しく口論し、心を散々かき乱されたのではそれはかなわない。「さよなら」と言った時には、彼女にはもはや生きる望みは残されていなかった。
もう一つ文化の型と関係のあることを注意しておこう。レルモントフにおいても、ペイジにおいても、その行動は実にsincereである。その英語は通常「誠実」あるいは「まこと」と訳されるが、これらの日本語が意味するものと‘sincere’の概念との間に無視できない違いがあることは『菊と刀』の第十章で指摘されている。その日本語の意味は言語や行動の相手が敵でないかぎりその人を傷つけないことであるが、‘sincere’は自己に忠実で常に本音を通すことである。この差違は明白に恥の文化と罪の文化との違いを反映している。レルモントフは、たとえ伯爵夫人の心証を損なおうとも構わずに、パーティの座興の踊りを批評する気になれないことをはっきり表明した。またペイジは、座長と夫の口論を決着させねばならない時に、あいまいな態度を取らずに、愛してやまぬ夫を傷つけることを承知で「さよなら」と言った。彼女の態度はドリンクコーナーで言ったことに対して悲痛なまでにsincereである。そしてそのsincerityこそが華麗な踊りのバックボーンである。その物語を描いた映画が名作として名を残したのは西欧の社会がそのsincerityを高く評価するからである。これらは彼らの文化の型が罪の文化であることを意味する。
そしてさらにその映画によって象徴されるものが現実においてはきわめて大きいものであり得ることにも注意しよう。罪の文化に従う価値観をどこまでも押し進めていくと文化的価値以前の人間性――たとえば男女間の愛情のような、生物としての人間を存在させる心情――が否定されることがある。すなわちデカルトの言う「日常の道徳」が「絶対的に虚偽なもの」と見なされて拒否されるのである。そして恐ろしいことには、それは一組の夫婦というような小さい範囲の問題にとどまるとは限らないし、その影響もバレー「赤い靴」の再演ができなくなるというようなローカルなものでは済まないこともある。罪の文化はこの映画に登場する人物だけのものではなく、何億という人々のものである。そしてその人々は、遠い先祖以来営々として見事な文明を築いてきた。ところがその文明は他ならぬ罪の文化の内部に潜む反人間性によって破壊されてしまうこともあり得るのである。しかもその危機はすでに前世紀以来われわれの前に兆候を現わし、日増しにその影を濃くしつつある。20世紀前半には二度にわたって世界的規模の大戦争が起こり、諸国は破壊と殺人の技術を競い合った。後半にはそういう大戦争こそ起こらなかったものの、戦闘員と非戦闘員との区別は事実上消滅し、殺人術にはますます磨きがかけられている。そればかりか生命の源である大気や、海洋や、土壌を汚染して人間ばかりかあらゆる生物を内から蝕み、オゾン層の破壊によって死に至るやまいの危険を増し、さらに温室効果ガスの排出する等、地球規模の環境破壊を進行させている。もちろん、人々は戦争の防止や環境保全を試みてはいるが、人間性否定の要素を含んだ文化の型を見落とした方策が良い結果をもたらすことは期待し難い。そしてそういう見落としを含む現代人の無知は物質の面だけでなく人間のあらゆる活動に深刻な影響を及ぼしている。たとえば前世紀末期からとくに経済の分野で顕著になってきたいくつかの現象は、高度の情報処理技術が世界中に普及することがある意味で非常に危険であること――たとえばある限定された社会の一隅に起こった混乱を瞬時のうちに世界的規模に拡大してしまう――を指し示している。
これらは次のことを示唆している。すなわち個人の自律と数学的理性を尊重する西欧近代文明が、個人の間の無意識的連帯と非数学的理性(数学的でない判断力)という、罪の文化では重んじられない要素を置き去りにして、物理や、化学や、情報処理等の技術――換言すれば人間の精神がかかわらない現象を解明したり操作したりする技術――を跛行的に発達させたことが、21世紀以後の人類の繁栄を妨げる可能性がある。これはレルモントフの失敗によってモデル化されているように思われる。彼の失敗は、「赤い靴」初演の成功が何によってもたらされたのかという点に関する認識が浅かったことによる。その成功は、企画、脚本、作曲、演奏、演技等々を通じての関係者各個人の自律と数学的理性ばかりでなく、一座のメンバーや観客の間にも、そしてとりわけクラスターとペイジの間にも無意識的連帯と非数学的理性が存在したことにもよるのであるが、彼は後者を見る目を持たなかった。先に述べたように彼は徹底的な芸術至上主義者で、夫婦の愛でさえ信頼に値せぬいい加減なものと考えていた。それでクラスターとの口論が起こった時にはペイジを自分の側に付かせるために芸術至上主義的心情に訴える言葉を使い、家庭の主婦としての生き方を軽蔑する態度を取った。それは、人間が野生動物――彼の眼には平凡な人間も野生動物と同様に見えた――と違って高尚な精神を持つことを誇りとし、その誇りのために生命を捧げることをもいとわぬ態度である。それは近世以後の西洋文明を支えた態度である。しかしながらその誇りは、一面ではガリレオを迫害し、ダーウインを嘲笑した人たちと共通するものである。その誇りには選ばれた者のみが優越的地位を持つことを許されるという基本的な思想がある。ところが彼が尊重した高尚な精神を獲得するためには、人はまず生命を持たねばならない。この点では、人は野生動物と異ならない。夫婦の愛はその水準での人間存在に根拠を置くものである。そしてレルモントフの理想はその人間存在が成立した後の問題である。夫婦の愛を軽蔑するのはその理想の根底を辱めることである。その愛があるために理想的な美が実現できないとすれば、理想的な美と言われるものは文化としては一種の奇形である。彼はこのことを心得ていなかった。しかしながらそれを責めるのは酷である。すなわちそれは現代の罪の文化の人としては避け難いことである。現代人は個人の間の無意識的連帯と非数学的理性の重要性を知らない。『菊と刀』を理解すればそれを知ることができるが、その本はいまだにごく少数の人にしか理解されていない。このために未来の文明が、レルモントフ一座の「赤い靴」再演のように、主役不在の舞台で過去の栄光を思い出すだけのものになってしまうことがあり得るのである。
それを避けるには、われわれは精神の均衡を図らねばならない。すなわちベネディクトが『菊と刀』で言ったように、いろいろな文化が存在することを肯定し、自文化以外のものに対する尊敬の態度を養い、それぞれの長所と短所とを見極めることが必要であり、その上で人間の未知の可能性を探り出して均整のとれた文明を構築しなければならない。それは容易なことではないが、迫り来る文明の危機を避けるためには早急に手を付けるべきである。
注
(1) 映画「赤い靴」(原題 The Red Shoes)1948年イギリス。監督:マイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガー。出演:モイラ・シアラー(ペイジ)、アントン・ウォルブルック(レルモントフ)、マリウス・ゴーリング(クライスター)ほか。
(2) 夏目漱石『吾輩は猫である』新潮文庫(1961)298−299ページ。
(3) デカルト(著)、落合太郎(訳)『方法序説』岩波文庫(1953)40‐41ページ。
©Sadahiko
MORI (2010)
(開設: 2010年11月25日)