正 教 会 用 語 集
本ホームページで扱われている正教会用語を中心に簡単な説明をしてあります。新たに28語(主に奉神礼関係用語)追加しました(色づけしてあります)。
あ行 か行 さ行 た行 な行 は行 ま行 や行 ら行 わ行
【あ行】
アカフィスト<ギリシャ語>
主にある特定の聖人を讃美し、とりなしの祈りを願う祈祷のことで、「アカフィスト」とは「座らない」という意味。この祈祷の間は「座らない」という習慣から来たと言われる。特に生神女マリヤへのアカフィストが有名で、大斎第5週の土曜日(実際には前日の金曜日の晩に)生神女のアカフィストが行われる。
悪魔(あくま)
神に背いた天使のこと。本質的には天使と同じだが、目的が違う。天使は神に従順で人を救いに導くが、悪魔は神に反逆し人を滅びに誘う。ハリストスが「偽りの父」と呼んでいるように、狡猾な嘘で人を神から引き離す。「サタン」(正教会では「サタナ」)とも言う。→天使
アダム<ヘブライ語>
一番最初に創造された人間のこと。「赤土」という意味から派生している。狭義には、固有名詞として意味づけられるが、広義には、人類全体を指す。禁断の実を食べて罪を犯したアダムは「古きアダム」「第一のアダム」と呼ばれ、人類を罪と死から救うハリストスのことは「新しきアダム」「第二のアダム」と呼ばれる。
亜使徒(あしと)
「亜」とは「〜に次ぐ」もしくは「〜と同等の」という意味で、12使徒と同じように福音を伝道することに卓越した働きをした聖人に附される称号。「亜使徒聖ニコライ」「亜使徒聖メフォディ」などがいる。
アナフェマ<ギリシャ語>
口語訳聖書では「のろい」と訳される言葉。もともと「上にのせる」「置く」「供える」という意味の語が、70人訳聖書でヘブライ語「ヘレム」の訳語として使用された。「ヘレム」には「神に捧げられたもの」という意味があるが、そのために「絶滅させる」という意味になり、やがて「そうしなければ呪われる」「呪われるべきもの」という意味になった。正教会新約聖書ではほとんど「アナフェマ」と音訳されている。カノン(教会法)の中などでは、破門という意味で使用される。
アナロイ<ギリシャ語>
イコンを載せたり、誦経や説教、または聖歌を歌うために使われる台のこと。便宜のために上部が斜めになっている。普通は木製で布のカバーを被せる。ギリシャ語「アナロギオン」は、「アナ(上へ)」「ロギオン(読む、言葉)」という意味。祈祷書では「経案」という漢字に「アナロギイ」とルビがふってある。
アンティドル<ギリシャ語>
「賜物(ドル)」の「代わり(アンティ)」という意味で、もともとその日領聖しなかった信徒に対して、御聖体の代わりとして、プロスフォラの残りを分与していたもの。現在日本正教会では、参祷者全員が十字架接吻の後に食す習慣がある。普通、三位一体の象徴として三角形に切り分けられる。「代聖錫」という漢字が当てられる。
アンティフォン<ギリシャ語>
「対になる(アンティ)」「フォン(音)」という意味で、聖歌隊が左右に分かれて、対になって聖歌を歌い交わす形からきた語。「唱和詞」という漢字が当てられる。この歌い方は旧約時代から行われていて(サムエル記上18:7やネヘミヤ記12:31などを参照)、キリスト教にも引き継がれた。実際に左右に分かれて歌う形をとらなくても、その名称だけは残されて使用される。聖体礼儀の前半で歌う「第一唱和詞」「第二唱和詞」「第三唱和詞」、早課のステペンナの中の「唱和詞」など。
推
(いいわけ)
「罪の推
せしむるなかれ」(140聖詠)。この部分は、ヘブライ語では「悪い行為」を意味する「アリラー」だが、70人訳聖書で「プロファシス」という「口実」「弁解」「よそおう」の意味のギシリャ語に訳されている。「推」は「すすめる」の他に「おしのける」という意味があり、「
」は古い漢字で「煩わす」「託する」を意味する。「推
」とは「煩わしいことを人におしつけて自分が逃れること」と辞書にある。
イコノスタス<ギリシャ語>
至聖所と聖所を区切る壁のことで、「イコンの壁」という意味。様々なイコンがはめ込まれる。「聖障」と訳されたり、「イコノスタシス」と表記されることも。
イコン<ギリシャ語>
ハリストスや聖人たちの姿、もしくは聖書の中の物語や教会の歴史的出来事などを描いた絵。「聖像」とも訳される。おもに一枚板に描かれたものを指すが、その他フレスコ画、モザイクなど正教会で用いられる美術一般を「イコン」と言う時もある。イコンに関する神学的意義や歴史などは別に詳述iconology.htm へのリンク。
イイスス<ギリシャ語>
「イエス」のギリシャ語もしくはロシア語読みを、カタカナで表記したもの。人の名前で、ヘブライ語では「ヨシュア」と言い「救う者」という意味を持つ。イイスス・ハリストスと言う時、「イイスス」という人が実は「ハリストス」であった、という信仰を表明している。
イルモス<ギリシャ語>
「連続」「鎖」「行列」などいう意味をもつギリシャ語から来た語で、奉神礼のカノンの中で歌われる一つ一つの歌頌のこと。イルモスは、それにつづく祈祷文(トロパリとも呼ばれる)とリズム(音節)が同じに作られているのが特徴(だだしこれはギリシャ語でのこと)。
役者(えきしゃ)
「やくしゃ」とは読まない。「役」には「つとめる」「働く」という意味があるため、正教会では、人のため或いは神のために仕え、つとめ、働く人を「役者」と言う。おもに「イピレティス」または「ディアコノス」の訳語。両方とも、助手、下役、家来、しもべという意味。天使も、聖人も、聖職者も、信者一人一人も神のしもべであり、神の役者である。
エワ<ヘブライ語>
アダムの脇骨から作られた人類最初の女性。一般では「イブ」「エバ」と言う。「生命」という意味をもつ。不従順によって罪を生じさせたエワ(第一のエワ)に対して、生神女マリヤを、その従順さによってハリストスを生み、救いをもたらしたことから第二のエワと呼ぶこともある。
王門(おうもん)
→天門
オサンナ<ヘブライ語>
ハリストスのエルサレム入城の時に人々が叫んだ言葉で、117 聖詠(118 詩編)がもと。「ホシアー・ナー(何とぞ、救い給え)」というヘブライ語の音訳。口語訳聖書では「ホサナ」。70人訳ギリシャ語聖書では音訳はされていない。新約聖書時代のユダヤ人が救世主待望または救世主歓迎の歌として「万歳」というニュアンスで使用したものと言われる。正教会の聖体礼儀において、ハリストスに向けて歌われる言葉。
オランテ<ラテン語>
両手を広げて天をあおぐ姿勢のこと。非常に古い時代から行われてきた形で、神の恵みを呼びもとめる祈りを表す。「オランテ」とは「祈り」という意味。司祭や主教が度々この姿勢で祈る。
【か行】
カノン<ギリシャ語>
「規定」「物差し」「順序」などいう意味もつギリシャ語から来た語で、主に三つの異なる意味で使われる。@教会の法規のこと。「教会法」 A聖書聖典のこと。B 早課、その他の奉神礼で歌われる(または読まれる)祈祷のことで、もともと九つの旧約の歌頌に起源を持ち、それぞれテーマのもとに第1歌頌から第九歌頌の短い祈祷文が作られている。「規程」という漢字が当てられる。それぞれの冒頭の歌頌は「イルモス」と呼ばれる。
カフィズマ<ギリシャ語>
「座る」という意味のギリシャ語から来た語で、聖詠(詩編)150編を20区分した、その一つ一つをいう。第一カフィズマから第二〇カフィズマまである。なお、それぞれのカフィズマは三つの「段」に分けられている。カフィズマが読まれる間は「座っている」習慣からこの語が生まれた。「坐誦経」という漢字が当てられることも。本来、カティズマは奉神礼の中で暦に従って複雑な順番で読まれるが、町の教会ではほとんど省略される。
機密(きみつ)
「極めて重要な事柄に関する政治上、軍事上の秘密」という一般の意味ではなく、正教会では奉神礼における七つの儀式(洗礼、傅膏、聖体、痛悔、婚配、神品、聖傅)のことを指す。ラテン語では「サクラメント」。ギリシャ語では「ミステリオン」といい、神の神秘なる恵みに与かるというニュアンスが強い。また特に聖体機密のことを単に「機密」という場合がある。
休徴(きゅうちょう)
ギリシャ語「セメイオン(印)」の訳語の一つ。「休徴」の他には「記号」「徴」「号」「誌」「兆」(以上すべて「しるし」と読む)、「異象」「奇跡」とも訳される。「休」には「よろこび」「さいわい」、「徴」には「しるし」「きざし」「証拠」という意味があり、「休徴」を辞書でひくと「めでたいしるし」「よいことのある前ぶれ」とある。神の救いの力の啓示=奇跡を意味する。
旧約聖書(きゅうやくせいしょ)
ハリストスが来られる前の時代のことが書かれた聖書。「旧約」とは「古い約束」という意味。もともとヘブライ語で書かれたが、正教会では、紀元前2世紀ごろにギリシャ語に翻訳された「70人訳(セプトアギンタ)」の方を原典とする。→聖書 →新約聖書
窘逐(きんちく)
ギリシャ語「ディオコー」の訳語で、一般では「迫害」という。「窘」は「くるしむ」「ゆきづまる」、「逐」は「追い払う」「追いかける」「かりたてる」「しりぞける」「求める」という意味。「ディオコー」にも「追い出す」「追い求める」という意味があるので、より原語に近いニュアンスを持っている。
携香女(けいこうじょ)
葬られたハリストスのために香料を携えて墓を訪れた女たちのこと。彼女たちが、一番最初にハリストスの復活を知った。
蓋(けだし)
ギリシャ語「オティ」もしくはスラブ語「ヤーコ」、ヘブライ語「キー」の訳語で、「なぜなら〜だから」という意味。「盖」「葢」と表記されたものもある。「けだし」は「推量」「強調」の意味をもつが、この場合は「理由」や「根拠」を強調している。なお、「オティ」「ヤーコ」「キー」はその文頭に位置しており、同じように「蓋、…」と訳していて、原語の雰囲気が壊されてない。
権柄(けんぺい)
辞典では「権力をともなった重要な地位」「政治上の実権」「支配力」という説明があるが、正教会では、神の力を意味する語の一つ(他に「能力」「権能」など)として使用される。祈祷文では、ギリシャ語「クラトス(支配する、所有する)」、聖書では「エクスーシア(自由に力を出す」の訳語として使用。また、天使の九階級の一つを意味する場合もある。
降誕(こうたん)
イイスス・ハリストスがこの世にお生まれになったことを言う。神が天から「降って」きてマリヤのお腹から「誕生」したので、特別にこの言葉が当てられる。
克肖(こくしょう)
聖人に対して(特に修道を極めた聖人)つけられるタイトル。「克」は「力がある」「勝つ」「非常に(よく〜)」、「肖」は「似ている」という意味。「肖」は、神が人間を自分に「似せて」(正教会では「神の像と肖に従って」)創造したことを暗示する。人間が罪のために喪失した「神の肖」を、ハリストスにおいて勝ち取り、神に非常によく似た者になった聖人たちにふさわしい用語。
後光(ごこう)
イコンの中で、ハリストスや天使や聖人たちの頭の後ろに描かれる円のこと。英語では「ニムブス」もしくは「ハロ」。正教会としての定まった訳語があるわけでなく「後光」はより一般的な言葉。その他「光輪」「円光」とも言われる。神の光を反射している神聖さを表す印。これが立体的な輪として頭の上に浮かんでるように描かれ始めたのが、天使の輪の由来。
五旬節(ごじゅんせつ)
もともとユダヤ教の祭で、過ぎ越しの祭から50日目に行われていた収穫祭だった。この日、12使徒たちに聖神が降ったので、正教会では「聖神降臨祭」のことを「五旬祭」といい、復活祭から50日の期間を「五旬節」という。
御聖体(ごせいたい)
聖体礼儀において、ハリストスの体と血になったパンとぶどう酒のこと。御聖体をいただくことによって、罪のゆるし、永遠の生命、天国、癒し、聖神の恵みが与えられる。
羔(こひつじ)
聖体礼儀においてイイスス・ハリストスの体となるパンのこと。ハリストスは、「世の罪をになう神のこひつじ」(イオアン1:29)であり、旧約聖書の犠牲の小羊(特に過ぎ越しの祭の)の成就であることが意味されている。また、特にイザヤ書53章の預言が、羔をプロスフォラから切り分ける時に記憶される。
コンダク<ギリシャ語>
「柱」「さお」「巻物の心棒」などいう意味をもつ「コントス」から派生した語で、もともと長編の詩文だった。現在では、主にその初めの部分の短いフレーズのみが「コンダク」として使用されていて、「トロパリ」と同じようにテーマソング的な働きをする。「小讃詞」という漢字が当てられる。
【さ行】
祭服(さいふく)
正教会の奉神礼において神品やその補助をする者が、身につける特別な衣服。祭服の使用は旧約聖書に由来する。それぞれの形に聖書的な意味づけがなされている。また教会の暦にしたがって色が取り替えられる。
再臨(さいりん)
イイスス・ハリストスが、この世の終わりに、全人類(生きている者もすでに死んだ者も)を審判するために再び到来されること。その日がいつかは、誰にもわからないが、光栄ある再臨なので、その時には誰にでもわかる。
サワオフ<ヘブライ語>
ヘブライ語「ツバー」の複数形「ツバオット」の音訳。「ツバオット」は、「戦争、軍隊、天使の軍、星々」という意味で、広義には被造物全体(万象)を指す。70人訳聖書ではイザヤ書に多く、新約聖書でもヤコブ5:4などに出てくる。「万軍の」と訳されることもあり、「万軍の主」=「主サワオフ」というフレーズが固定している。
時課(じか)
もともと一日を八つの時間に分けて祈る習慣から生まれた祈りで、使徒時代、初代教会までさかのぼることのできる伝統的な奉神礼。主に聖詠(詩編)を読み、祈祷文を読んだり歌ったりする構成となっている。時課を行うには、基本的に「時課経」という祈祷書を使用する。時課の八つの種類それぞれに記憶される固有のテーマがあるが、現在では実際の時間とは関係なく、つづけて(まとめて)行われることが多い。
嗣業(しぎょう)
「相続」「遺産」「財産」を意味する言葉。旧約聖書では、神の約束の地であり、またそれを受け継ぐイスラエル民を指す。新約では、相続されるものは神の国、救い、永遠の生命に変化し、それを受け継ぐのも新しいイスラエル=キリスト教の教会またはクリスチャンとなる。
至聖所(しせいじょ)
聖堂の中の奥に設けられた場所。イコノスタスとよばれる仕切りで区切られており、聖職者かその手伝いをする者しか入ることができない至って聖なる所。旧約聖書の神殿の構造に由来する。天の世界、天国を象徴している。→聖所
十戒(じっかい、じゅっかい)
神がシナイ山でモーセに与えた十の戒め。二枚の石板に刻まれた。信仰や倫理の基礎をなす内容となっている。
使徒(しと)
ハリストスの弟子が、福音を伝道する働きをするようになった時、この名で呼ばれる。
十字行(じゅうじこう)
聖職者や信徒が、十字架やイコン、ロウソク、香炉、福音経など、また特別な聖物を持って行列を作って行進すること。聖大金曜日の夜や復活祭の夜には、聖堂の周囲を時計と反対周りに回る。
十二福音(じゅうにふくいん)
受難週の聖大木曜日の夜に行われる「聖大金曜日の早課」の中の祈祷で、四つの福音書に記されているハリストスの受難の場面を、12分割したもの。第一福音がもっとも長く、イオアン(ヨハネ)伝にあるハリストスの最後の晩餐での説教が読まれる。第十二福音が最も短く、マトフェイ(マタイ)伝にあるハリストスの墓の封印の場面が読まれる。
受難週(じゅなんしゅう)
復活祭の前の一週間。ハリストスの受難を記憶する特別な奉神礼が行われる。それぞれの曜日に「聖大」をつけ「聖大月曜日」「聖大火曜日」などと言う。
終末(しゅうまつ)
この世の終わりのこと。しかし「終わり」は新しい「始まり」である。つまり天国が完全にやってくる日をも意味する。
主教(しゅきょう)
使徒の後継者として教会を監督し、教えを伝え、奉神礼を行う指導者。主教の管下にあって初めて正教会は成り立つ。主教の中にも、総主教、府主教、大主教、主教という階層がある。
主宰(しゅさい)
辞書では、「人々の上にたち、中心になって物事を行う人」などと説明される。正教会では、ギリシャ語「デスポタ」の訳語として、単なる人間の主のことだけでなく、神への呼称として用いる。神は、絶対の権限をもつ主であり、すべての上にいますという意味がこめられる。なお、「イス・ポラ・エチ、デスポタ」とは「主宰よ、いくとせにも」という意味で、主教に対して唱えられるもの。
生神女(しょうしんじょ)
ギリシャ語「テオトコス」の訳語。「テオ」は「神」、「トコス」は、「生む」「子の親となる」という意味で、「神を生んだ女性」であるマリヤのこと。もろちんマリヤが「神」に初めて存在を与えたという意味ではなく、人間として生まれてきたハリストスの位格(ペルソナ)は、神であるため、「テオトコス」という尊称が可能となり、ハリストスの藉身を想起させる大切な用語となった(これに反対したのが「ネストリウスの異端」)。
昇天(しょうてん)
ハリストスが、復活後40日目に天に昇っていったことをいう。また、旧約聖書でエノクとエリヤに対しても用いることがある。他派教会で言う「召天」(正教会では使わない)とは違うので注意。
神性(しんせい)
ハリストスの神としての性質のこと。神が人となったハリストスは、神性と人性を合わせもつお方であり、この両方の性は、分かれず離れず混合せず変化せずに保たれている。→人性
人性(じんせい)
ハリストスの人としての性質のこと。→神性
神品(しんぴん)
正教会における主教、司祭、輔祭の役職を総括して「神品」という。「品」には、「等級」「種類」などの意味がある。宗教的儀式を行う人々に関するギリシャ語「イエラティコン」の訳語。「驚異的な」「力のある」「聖なる」「神聖な」にという意味のギリシャ語「イエロス」が語源。「神」聖なことに携わる「品」位の人々というニュアンスがある。
神妙(しんみょう)
「かしこまる」「おとなしい」「すなお」「従順」という意味ではなく、「不思議な」「人の力ではない」という意味で使用される。ギリシャ語では「セオス(神)」から派生した「セイオス」という語。他にも「神たる」「神の」「神聖な」と訳される。「妙」には「奥深い」「すぐれた」「たくみ」という意味があるので、「神の不可思議な力」という意味合いが出ている。
新約聖書(しんやくせいしょ)
ハリストスが来られた後のことが書かれた聖書。「新約」とは「新しい約束」という意味。四つの福音書、使徒行伝、手紙、黙示録から成る。ハリストスを知り、信仰をもつためには不可欠な書。→聖書 →旧約聖書
スティヒラ<ギリシャ語>
「句」「節」「詩」などいう意味をもつ「スティホイ」から来た語で、短い祈祷文をさす。時に「トロパリ」とも呼ばれたりすることもあり、両者の区別があいまいなこともあるが、「スティヒラ」は主に聖詠(詩編)から取られた句に挟み込まれた形をもっているのが特徴。「挿句(くずけ)のスティヒラ」とか「リティヤのスティヒラ」などがある。「讃頌」という漢字が当てられる。
ステペンナ<スラブ語>
聖詠119〜133(詩編120編〜134編)をもとに作られた祈祷文で、この聖詠集はヘブライ語で「アマロット」、ギリシャ語で「アナバスモイ」といい、いずれも「登る」とか「階段」などいう意味をもっている(正教会訳では「登上の歌」、口語訳聖書では「都もうでの歌」)。これをスラブ語では「ステペンナ」と言い、「品第詞」という漢字が当てられる。主日や祭日の早課の中で福音経が読まれる前に唱えられる。第一調から第八調までの種類があり、各調は三つに分かれていて、それぞれを「唱和詞(アンティフォン)」と言う。祭日には、第四調のステペンナの第一唱和詞が歌われる。
スボタ<ヘブライ語>
正教会では土曜日のことを「スボタ」という。ヘブライ語「シャバット」を音訳したもので、「安息日」という意味。または「一週間」という意味で用いられることもある。正教会訳聖書では、「安息日」に「スボタ」とルビをふっている。正教会の奉神礼において、土曜日が「スボタ(安息日)」であり、日曜日は「キリアキ(主の日)」であるという区別しておかなければならない。
聖歌(せいか)
正教会の奉神礼の中で歌われる歌の総称。正教会では楽器を使用せずにアカペラで歌われる。歌われる内容や順番、メロディに複雑な取り決めがあるので、カトリックやプロテスタンで言う「讃美歌」とは全く性格を異にする。従って、正教会では「讃美歌」とは言わない。
生活(せいかつ)
正教会の祈祷書では「生活」を「暮らし」という意味ではなく、「生きて」「活動している」という意味で使用する。特に神が「生きた神」であることを表すのに使う。「生活の神」(聖詠83:3参照)。真実の神は、偶像や概念や宇宙の力などといったものではなく、生きた人間を創造した生きた神であり、そこに交わりや愛が存在することが強調される。
聖所(せいじょ)
聖堂の中の中央部分で、信徒が立つ場所。至聖所が天国を意味するのに対して、聖所は「この世」「地上」を意味する。奉神礼において、至聖所と聖所をとおして天と地の交わりが象徴的に体験される。→至聖所
聖体礼儀(せいたいれいぎ)
パンとぶどう酒をイイスス・ハリストスの体と血としていただく儀礼のこと。毎週日曜日には必ず、その他、教会の暦に従って祭日などにも執り行われる。カトリックでは「ミサ」、プロテスタントでは「聖餐式」などと言うが、その内容や意味が全く異なるので、この三つ(聖体礼儀、ミサ、聖餐式)を混同してはいけない。奉神礼の中心であり、その中でいただく「御聖体」こそが信仰生活の中心である。聖体礼儀に関する内容や意味については別に概説する。
聖師父(せいしふ)
教会の歴史の中で優れた教えを残した聖人たちのこと。一般では「教父(きょうふ)」と言われる。聖書の解釈や信仰生活にとって聖師父たちは欠かせない存在。聖師父の教えに従うことによって正教会の信仰が守られる。
聖書(せいしょ)
神の言葉がまとめられた書物。旧約聖書と新約聖書の二つがある。多くの文書から、これが「聖書」であると決め、それを伝えてきたのは正教会の伝統(聖伝)である。聖書は聖伝から生み出されたものであるが、聖伝を基づける権威を有するものでもある。 →旧約聖書 →新約聖書
聖神゜(せいしん)
一般では「聖霊」という。「アギオス・プネウマトス」というギリシャ語を翻訳したもので、正教会では「霊」を別の意味のギリシャ語「プシケー」に用いているので、あえて「神」という漢字を当てて「しん」と読ませている(右肩に丸印を付けて表記することも)。聖神゜は、神・父、神・子と同じく神そのものである。
聖人(せいじん)
聖書の時代から今日まで、正教会において公に聖なる人と認められた者のこと。信仰の模範者であり、天国におけるとりなしの祈りを願うことが公に行われる。
聖像(せいぞう)
→イコン
藉身(せきしん)
神が人となったことを表す語。一般では「受肉」というが「肉体の面」ばかりが強調されてしまう。「藉」(正確には「藉」とは異なる)は、「敷く」「借りる」「貸す」「〜による」「ゆるす」など幅広い意味をもつ。「身」は単なる「身体」だけでなく、心も体も含めた人全体という意味。ギリシャ語では「エナンソロピシス」といい、「人間(アンソロポス)」の「中へ(エン)」という語義。
セラフィム<ヘブライ語>
天使には九つの階級があると言われており、その最上級の名称。一般では「セラピム」とも言う。単数では「セラフ」といい、「燃える」という意味がある。神に絶えざる讃美を歌っている(イザヤ書6章、他参照)。→ヘルヴィム
先備聖体礼儀(せんびせいたいれぎ)
大斎および受難週の時に、平日に行われる奉神礼で、「先の」主日聖体礼儀で、御聖体を複数「備えて」おき、その平日の祈祷の時に、領聖することをいう。聖グリゴリイが編纂したと言われるので「グリゴリイの聖体礼儀」と呼ばれることも。初代教会時代の古い奉神礼の形を今に残しているとも言われる。
洗礼(せんれい)
ギリシャ語「バプティゾー(バプテスマ)」の訳。正教会では単に「洗」と記すこともある。「水に浸し(引き上げる)」という意味をもつ。最初は洗礼者ヨハネによって水による罪の清めの儀式として行われていたが、ハリストスが洗礼を受けたことによって、我々に新しい生命への再生という恵みをもたらすものとなった。すなわち我々が洗礼を受ける時、ハリストスの死と復活にあずかり、罪のゆるしが与えられる。洗礼を受けて信徒(クリスチャン)となることができる。
早課(そうか)
朝(もともとは早朝3時ごろに相当)の「時課」。さまざまな祈祷文、聖詠(詩編)、聖歌が豊に盛り込まれているが、主に「感謝」と「讃美」がテーマ。スラブ系の正教会では、「晩課」「早課」「第一時課」を「徹夜祷」と称して、まとめて前晩に行うのが習慣となっているので、「早課」と言いつつ夜に行われることが多い。
属神゜(ぞくしん)
ギリシャ語「プネウマティコス」の訳語で、一般では「霊的」「霊的な」と訳される。正教会では「神゜」に「属する」と書いて「属神゜」「属神゜の」と言う。「属」には、「つきしたがう」「つらなる」「なかま」という意味があり、神・聖神゜の世界に属している、というニュアンスが強い。
【た行】
第一時課(だいいちじか)
朝、夜明けごろに行われていた祈祷に由来する「時課」。今の6時〜7時に相当する。夜明けごろにおこなわれたハリストスの裁判(マルコ15章1節、他参照)をテーマにもつ。
第三時課(だいさんじか)
朝の9時ごろに相当する「時課」。実際は聖体礼儀を行う前に祈る習慣となっている。ハリストスが十字架につけられたこと(マルコ15章25節)や、使徒たちに聖神が降臨したこと(使徒2章1節以下)をテーマにもつ。
第六時課(だいろくじか)
正午12時ごろに相当する時課。実際は「第三時課」に続けて行う習慣がある。十字架上のハリストスがテーマとなっている(マルコ15章33節、他参照)。
第九時課(だいくじか)
昼の3時ごろに相当する「時課」。町の教会などでは通常あまりおこなれず、大斎の時期に「第六時課」につづけて行う習慣となっている。ハリストスの死がテーマ(マルコ15章33節、他参照)。
致命(ちめい)
信仰のために命をささげることをいう。一般では「殉教」。「殉」には「命をすてて従う」という意味があるが、「致」には、「なげたす」の他に「きわめる」「つくす」「なしとげる」という意味がある。神のために苦難に耐える姿勢は「命」をまっとうすることである。原語のギリシャ語「マルティロン」は、もともと「証人」「あかしする者」という意味。初代教会の信徒が命をかけてハリストスの救いを証ししたことから、「致命」を意味するようになった。
中心(ちゅうしん)
ものごとの「まんなか」という意味ではなく「心」の「中」という意味で使用される。「我が中心や、その聖なる名を讃めあげよ」(聖詠102)。ちなみにこの箇所のヘブライ語「ケレブ」は、「内臓」「はらわた」「人間の内部のすべて」という意味がある。
弟子(でし)
ハリストスに従って福音を体得し伝道した人々。正教会では「門徒」という言い方も。12弟子は有名だが、女性の弟子(「女弟子」と言う)や70人の弟子(「70門徒」と言う)もいる。その他に、ある人物がその後継者として選んだ者という一般的な意味にも用いる。
痛悔(つうかい)
辞書によれば、漢文の古語として「ひどく後悔すること」「非常に悔やむこと」という意味だが、原語であるギリシャ語「メタノイア」は、「考えを変える」「心を入れ替える」「方向転換」するという意味。正教会訳新約聖書ではほとんど「悔改(かいかい)」と訳されている。「痛悔」は、いわゆる「悔い改め」という幅広い意味と、狭義に「機密」としての「痛悔」を指す意味の二つがある。
ティピカ<ギリシャ語>
聖体礼儀から採られた祈祷文や聖歌で構成された祈祷で、もともとは司祭不在の時に祈られていた(「時課経」には「聖体礼儀代式」と訳されている)が、現在、日本正教会の習慣では、大斎の時に、第九時課に組み込まれた形で祈られているもの。「ティピカ」とは、「型や秩序に従う」という意味のギリシャ語から来た語。
転達(てんたつ)
「とりなし」もしくは「仲介」の意。「転」には「運ぶ」「伝える」、「達」にも「とどく」「至る」という意味があり、諸聖人や生神女マリヤが我々の祈りを神・ハリストスに運び届けてくれるという意味が強く表されている。旧字体で「轉達」と表記することも。
天使(てんし)
ギリシャ語「アンゲロス(『使者』の意味)」の訳。正教会では他に「神の使い」「神使(しんし)」などとも言う。肉体をもたない存在で、神を讃美し、人へ神のメッセージを伝えるという役割をもつ。九つの階級をもつとされる。その物質にとらわれない迅速さを示すために、普通、翼をもって描かれる。
天堂(てんどう)
ギリシャ語「パラダイス」の訳語。「パラダイス」はペルシャ語に由来していると言われ、「園」「庭」という意味。「エデンの園」が70人訳ギリシャ語聖書で「パラダイス」と訳されている。旧約聖書における所謂「エデンの園」を指す時には「地堂」、神との交わりが復帰される所、人が帰るべき天国という意味では「天堂」と使い分けられることも。しかし、ニコライ大主教は、後の祈祷書や聖書の翻訳ではほとんど「楽園」に改訳している。「天堂」は「極楽浄土」を意味する仏教用語でもあり、「楽園」の方が原語の意味に近い。
天門(てんもん)
イコノスタスの中央にある門のこと。至聖所(天)と聖所(地)を結ぶ門なので「天門」と呼ばれる。奉神礼において重要な意義づけがされ、開閉や通過が行われる。「王門」とも呼ばれる。
ドグマティク<ギリシャ語>
「教義」「教理」「定理」などを意味する「ドグマ」というギリシャ語から派生した語で、主日前晩の晩課で歌われる「生神女讃詞(生神女マリヤを讃美する歌)」につけられたタイトル。「生神女マリヤをとおして神が人となった」という「ドグマ」を正しく歌い表している。
度生(どせい)
「生活する」「生きて行く」「人生を送る」という意味。「度」には「わたる」という意味があり、「生(いのち)」を「わたる」ということ。新約聖書では「ビオス」の訳語として使用される。「ビオス」は、「人生」「生涯」「生きること」「暮らし」「生計」「財産」という意味。
トロパリ<ギリシャ語>
「方法」「様式」「形式」などいう意味をもつ「トロプス」から派生した語で、短いフレーズにまとめられた聖歌。特に、その日のテーマソング的な働きをする祈祷文(聖歌)が「トロパリ」と呼ばれている。日曜日は、復活のトロパリが八種類もあり、8週のサイクルをもって順番に使用される。祭日には祭日のトロパリがある。「讃詞」という漢字が当てられる。
【な行】
ネポロチニ<スラブ語>
もともと118聖詠(詩編119編)全体を表す言葉で、その冒頭の言葉、「道に?なくして(正教会訳)」をギリシャ語では「アモノス」といい、スラブ語では「ネポロチニ」という。早課の中で、そして埋葬式の中で唱えられるが、今は、そのほとんどが省略される。また118聖詠につづけて歌われる聖歌「主や、爾は崇め讃めらる」を指すことも。
【は行】
パスハ<ヘブライ語>
第一に、旧約時代の「過ぎ越しの祭」のことを指す。正教会訳聖書では、「逾越祭」と書いて「パスハ」と読ませている。ヘブライ語「ペサハ」は、祭の食事、またはそこで食される小羊のことも意味する。第二に、正教会ではその「過ぎ越しの祭」の成就である復活祭のことを「パスハ」という。また、それを為し遂げたハリストスご自身を指す。
パラクレートス<ギリシャ語>
神・聖神を形容する言葉で、正教会では「なぐさむる者」とか「撫恤者(ぶじゅつしゃ)」など訳している。口語訳では「助け主」、新共同訳では「弁護者」と訳す(ヨハネ14章26節、他参照)。聖神が、ハリストスと我々を一つに結びつけることによって、罪深く弱い我々を「なぐさめ」救うことを意味している。
パニヒダ<ギリシャ語>
死者のためになされる特別な祈祷のこと。「パン(すべて)」「ニクス(夜)」「アド(歌)」からなる合成語で「夜を徹して歌って」死者のために祈ったことに由来。しかし、現代ギリシャの正教会では「パニヒダ」とは言わず、「ムニモーシナ(記憶)」と言う。
ハリストス<ギリシャ語>
「キリスト」のギリシャ語もしくはロシア語読みを、カタカナで表記したもの。「ハリストス」とは直訳すると「油つけられた者」という意味。ヘブライ語の「メシア」のギリシャ語訳。「油つけられた者」とは「王」を意味しており、敵国による苦難と重圧から救う王の到来が待望されたことから「救い主」という二次的意味をもつようになった。しかし、真実のハリストスは、罪や死の苦難と重圧から我々を救う「救世主」である。
パレミヤ<ギリシャ語>
晩課の中で読まれる旧約聖書の断片のこと。祭や大斎、受難週などの時に、その日の聖人や祭、斎に関連した(主に預言・預像として)箇所が選択されている。ギリシャ語「パリミア」は、譬え、諺、教え、などの意味があり、「箴言」のタイトルでもある。「喩言」とか「旧約節目」という漢字が当てられる。
晩課(ばんか)
「時課」の一つで、夕方(18時ごろに相当)に行われる。正教会では一日の始まりは夕方からであり、よって「晩課」は一日の最初の奉神礼に位置する。神による天地創造と救贖がテーマとなっている。
晩堂課(ばんどうか)
「時課」の一つで、夜(21時ごろに相当)の祈り。「痛悔」がテーマとなっている。大斎になると町の教会でも夕方に行うことが多い。
夫子(ふうし)
辞書をひくと「男子の尊称」「官位への尊称」「妻の夫に対する尊称」「長者、賢者、先生に対する尊称」「特に孔子への尊称」などとある。正教会訳新約聖書では、ハリストスに対して「先生」「教師」という意味で使われる。ギリシャ語「エピスタテス」(目上の人)、「ディダスカロス(教師、師)」そして「ラビ<ヘブライ語>」の訳語。
福音(ふくいん)
「エヴァンゲリオン」というギリシャ語を翻訳したもの。「よきこと」「喜ばしいこと」「幸福なこと」を「伝える」「知らせる」という意味。教会がハリストスの救いを世に伝えることを言う。狭義には新約聖書の中の四つの福音書を指す。また正教会では、マリヤがハリストスを孕んだことを天使がつげた出来事(いわゆる受胎告知)のことも「福音」という。
撫恤者(ぶじゅつしゃ)
ギリシャ語「パラクレートス(そばに呼び寄せられた者の意)」の訳語。イオアン(ヨハネ)14:25他を参照。「撫」には「撫でる」「いたわる」、「恤」には「あわれむ」「同情する」という意味がある。「なぐさむるもの」と読むことも。ハリストスを教え、ハリストスを証しし、真理に導く「神・聖神゜」のことを指す。→パラクレートス
プロスフォラ<ギリシャ語>
聖体礼儀のために使用される聖パンのこと。ギリシャ語「プロスフォラ」は、「持ってくる」「ささげる」「供える」という意味があり、新約聖書でも「ささげもの」という意味で使用されいる。初代教会の人々が聖体礼儀用としてパンをささげたことに由来する言葉。現在は、二段重ね(ハリストスの神性・人性の象徴)の丸い形で上に「IC・XC・NI・KA」というスタンプが押される。プロスフォラから「羔」がとられ、聖人、生者・死者の記憶がなされる。祈祷書では「供餅」と記されている。→アンティドル
聘質(へいし)
「手付金」「内金」「保証」という意味のギリシャ語「アラボーン(元々はヘブライ語)」の訳語。「聘」には「招く」「めとる」という意味があり、正教会では婚約(結婚)のことを「聘定」と言う。「質」には幅広い意味があるが「真実」「約束」「手形」などの意味もある。コリント後書1:22などを見ると、聖神゜が私たちに神の民となることを約束し保証してくれることを指す。
ヘルヴィム<ヘブライ語>
天使の九階級の第二位の名称。一般では「ケルビム」と言う。単数では「ケルブ」といい「知識」という意味がある。六つの翼をもち、多くの目をもつ。イコンではセラフィムもほとんど同じように描かれる。聖書では、エデンの園を守る天使、神の箱の上に鋳造された天使として有名(創世記3章、出エジプト記25章、他、参照)。
変容(へんよう)
ハリストスが山で光り輝く姿に変わったこと(マタイ伝17章、他、参照)。これはハリストスの神性の現れであり、復活の先取りである。私たちが、より神に近づくこと、信仰が成長することも「変容」という場合がある。
奉神礼(ほうしんれい)
正教会で行われる祈りや儀式の総称。一般では「礼拝(れいはい)」と言う。「リトルギア」というギリシャ語の訳語。「リトルギア」とは直訳すると「公の仕事」すなわち「人々ための奉仕」という意味。信徒の仕事は「祈り」である。
輔祭(ほさい)
もともと教会の現実問題に対処するため使徒の補佐として選ばれた人々(使徒6章)だった。現在では、奉神礼において主教や司祭の補助をする人のことを指す。
ポリエレイ<ギリシャ語>
「多い(ポリ)」「憐れみ(エレイ)」という意味で、主日や祭日の早課において歌われる聖歌。もともと134聖詠と135聖詠(詩編135編と136編)のことをさしていたが、今は、それらから取られた数句に「アリルイヤ」をつけて歌う形がポピュラーになっている。135聖詠で「その憐れみは世々にあればなり」というリフレインが数多くあることから「ポリエレイ」と呼ばれるが、ギリシャ語の「エレオス(憐れみ)」には他にも「オリーブ油」という意味もあり、この時、聖堂の中を明るくする(オイルランプの油を多くする)ことも意味している。「多油祭」と呼ばれることもある。
ポロキメン(プロキメン)<ギリシャ語>
「前に(プロ)」「位置する(キメン)」という意味で、パレミヤや使徒経、福音経などを読む前に唱えられる短い祈祷文。主に聖詠(詩編)から取られた二、三行の詩文が交互唱の形で歌い交わされる。「提綱」という漢字が当てられるが、これは「大体の要点をあげる」という意味で、ポロキメンがその日のテーマの要点を表現していることをあらわす。
【ま行】
マンドーラ<イタリヤ語>
ハリストスの背後に描かれる光背のこと。普通、アーモンド(イタリヤ語でマンドーラ)のような楕円形をしているので、こう呼ばれる。何重か同心円形に分かれており、天の世界や神聖さ、神の光栄などを意味している。
無原(むげん)
「原」には「もと」「根本」「みなもと」という意味があり、それを「無」で否定して、「はじまりが無い」という意味で、神に対して用いる言葉。神が存在しなかった時は無い、すなわち神は永遠である、無限であるという意味。正教会では、神・父と同様に神・子、神・聖神゜も「無原」であることが強調される。
【や行】
夜半課(やはんか)
真夜中(深夜0時に相当)の「時課」。「最後の審判」がテーマとなっている。町の教会ではほとんど行われないが、復活祭の夜に十字行を行う前に「夜半課」が行われる習慣がある。
勇毅(ゆうき)
ギリシャ語「イスヒロス」の訳語。「力」「強さ」「大きな能力」などの意味。「勇」も「毅」も「いさましい」「つよい」とい意味がある(「勇気」と書くのは誤り)。神の全能の力に対して用いられ、特に「聖なる神、聖なる勇毅、聖なる常生の者」と言う時は、神の子・ハリストスに対しての言葉。死に勝利したハリストスの力強さを想起させる。
佯狂者(ようきょうしゃ)
狂った様子を見せるが、その実はハリストスのためにすべてを捨てた聖人のこと(「佯」には「〜のふりをする」という意味がある)。
預言者(よげんしゃ)
旧約時代に、聖神の力を受けて神の言葉を人々へ伝えた者のこと。イイスス・ハリストスについて預言し、人々に悔い改めと希望を教えた。言葉だけでなく象徴的行為や奇跡を行って預言した者たちもいる。
【ら行】
リティヤ<ギリシャ語>
「懇願」「熱心な祈り」という意味のギリシャ語から来た語で、英語で「連祷」のことを意味する「リタニィ」も同じ語源をもつ。「主、憐れめ」という祈りを何度も繰り返して熱心に祈る祈りで、@祭日の晩課で啓蒙所にて行われる特別な連祷(その後で五つのパンを祝福する)のこと、A死者のために祈る短い祈祷(パニヒダの最後の部分に相当)のこと、をいう。「熱衷祈祷」という漢字が当てられることも。
律法(りっぽう)
旧約聖書の中の神の戒め、掟。旧約聖書の最初の五つの書(「モーセ五書」)のことも指す。ハリストスは「律法を成就するために」来られた。
【わ行】
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