チェーザレさま、チェーザレ・ボルジアは、教皇庁に暗然たる勢力を持つ枢機卿ロドリゴ・ボルジア(後の教皇アレクサンデルY)を父として1475年未(ひつじ)年の生まれ。176センチ63キロ(だったに違いない!)。
このボルジア父子は、同時代人にも、後世にも何かと評判が悪い。確かに「いい人」とは言いがたいし、殺人、欺瞞、策謀、不実という政治的手段を、芸術的なまでに駆使して、父子連携プレーで、ボルジア教皇国ともいうべき国家体制を整えつつあった途上、2人して病に倒れ(毒を盛られた?)没落をたどるのです。
歴史にIFは禁物ですが、もし、チェーザレが、父が死んだ時、健康であったなら、せめて父親と同時に発症していなかったら、イタリア統一は19世紀のビクトル・エマニュエルUの登場を待たずして、彼、チェーザレ・ボルジアの手でこそなされていたであろうと思われるのであります。
そうなれば、イタリアの歴史、ひいてはヨーロッパの勢力分布図にも多大な変化があったのではないかと思うのは私だけでしょうか?
そんなわけで、不滅の価値を持つ男、チェーザレにあやかって、座乱読名物4条件シリーズ!
チェーザレの4条件!
その1 ややこしいおっさんの親父がおること。親父が権力者なら望ましい。
その2 腹黒〜い、陰謀大好き人間であること。
その3 見てくれの悪くないこと。よろしければよろしい程よろしい。
その4 悲劇的な末路をたどること。
どうです? あなたのまわりに、あるいは古今東西、この4条件を満たすお方はおられましょうか? ちなみに、今日まで「座乱読チーザレ認定会議」で認定されたチェーザレは以下の面々です。
◎飛鳥のチェーザレ 中大兄皇子
◎モンゴルのチェーザレ ジュチ
◎北魏のチェーザレ 高子恵
◎吉野のチェーザレ 護良親王
◎ホラズムのチェーザレ ジャラール・ウッディーン
◎明治のチェーザレ 大久保利通
付録 ◎セリーグのチェーザレ 北別府学
中には、え? というのもいるけど、それがどーした! おホホのホ・・・。(H)
※参考文献・数知れず・・ただ、チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷ー塩野七生(新潮社)は別格なので、あげておこう。