
私が卒業論文の題材に商店街の変化を選んだ時のフィールドが堺東駅前でした。大都市近郊の商業地としてはかなり規模が大きいのですが,大阪(なんば・心斎橋)に近いことと,市内の郊外型ショッピングセンターの成長で,小売活動の衰退が進み,地方都市と同様の中心市街地活性化が課題となっている地域です。1994年に卒論執筆で訪れてから11年,現在の堺東駅前はどうなっているのかについて観察しました(撮影:1994年8月と2005年2月13日)。
堺東駅前の再開発(1)−堺東駅ビル(高島屋)−
堺東駅ビル(南海堺東ビル)は1964年に建設され,大阪の近郊都市における再開発ビルでは最も早い方です。核店舗には高島屋が入居しています。なお,高島屋は郊外の泉北ニュータウン・泉ヶ丘駅前のショッピングセンターにも1974年に入居しています。
堺東駅前の再開発(2)−市街地再開発ビル「ジョルノ」−
堺東駅ビルが南海電鉄主体の再開発ビルとすれば,「ジョルノ」は地権者からなる組合施行の再開発ビルです。元々は,第二次世界大戦後の闇市を起源とする市場(堺中央マーケット)で,南海堺東ビルの建設と同時期に計画されたのですが,権利関係の複雑さから完成したのは,1981年です。当初核店舗にはダイエーが入居していました(写真左・1994年撮影)が,2001年5月末に閉店し,現在は専門店街と食料品スーパー,100円ショップ,ハローワークなどが再入居しています(写真右・2005年撮影)。
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取り壊される旧庁舎。隣には裁判所・郵便局など
が立地し,堺市の官公庁街となっています。
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2004年に新設された庁舎。旧庁舎の取り壊しには驚きました。 |
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| 堺市役所本庁舎の高層棟。1991年に竣工した地上21階建ての建築物で最上階は展望台となっています。 |
堺市の中心商業地(1)−中心商店街(銀座街)−
堺東駅から西へ直進するとすぐみえるのが中心商店街の銀座街です。明治時代からありましたが,第二次世界大戦以降に,都心部が南海高野線沿いに移動するにつれて中心商店街としての地位を高めました。しかし,再開発ビルおよび郊外や大阪市を含めた周辺との競争がすすむなか,商業活動は衰退する傾向にあります。
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| 銀座街の東口(堺東駅ビル前)から撮影。 |
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| 1994年8月,平日の昼下がりに撮影。 |
2005年撮影。日曜日ですが,通行量が少ない。 |
上の2写真も2005年撮影。
堺市の中心商業地(2)−大小路通(シンボルロード)−
南海高野線堺東駅から南海本線堺駅前を結ぶ幹線道路が大小路通です。1980年代後半以降,シンボルロード事業として街路の整備に力を入れるとともに,南海バスによるシャトルバスも運行されています。
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| 大小路通の案内板。 |
大小路通(中瓦町側)。小売・飲食店とオフィスが混在しています。 |
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| 大阪地方裁判所堺支部。大小路通の南側は官公庁街です。 |
大小路通(中瓦町側)。こちらは1994年8月に撮影。 |
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| 中心商業地よりも西側の旧市街地を走る阪堺線の利用を呼びかける看板。恵美須町から浜寺公園までを走る同線は,大阪では数少ないチンチン電車で親しまれています。 |
堺TMOチャレンジショップ。銀行の店舗跡を利用して2004年12月に開設され,14店が入居しています。ここには,観光案内所も併設されています。堺市の中心市街地活性化がどうなるのかに注目したいものです→堺市のTMO(堺商工会議所のページ) |
堺市の中心商業地(3)−商店街周辺−
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| NBF堺東ビル。かつては住友生命堺東センタービルと呼ばれたこのビルは,旧・ニチイ(マイカル)の堺東店跡に立地したオフィスビルです。 |
高層マンション「堺東シティタワー」。かつては,イズミヤ堺東店があったのですが・・・。 |
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| 銀座街の裏手にある駐車場。正面にみえるオフィスビルは,堺東駅ビルに面して立地しています。 |
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