「無量大数(むりょうたいすう)って幾ら?」
  前の節で天文単位とか光年という大きい数がでてきました。これを日本語読みにすれば1光年は「1.5京(けい)メートル」、アンドロメダ星雲までの距離200万光年は「300垓(がい)メートル」ということになります。書き方を「10,000m」としたり「1万メートル」と書いたりしていますが、アラビヤ数字(今の算用数字)を使った時に「m」、日本語の読み方をしたときに「メートル」と使い分けてきました。
  「数(かず)」を数(かぞ)えていくと10倍ごとに十、百、千、万と増していきます。国家予算などでは「万」万倍の「億」,その万倍の「兆」が使われます。「兆」の万倍が「京(けい)」まではよく知られています。実は「京」の万倍が「垓(がい)」で、さらに万倍ごとに名前があることはあまり知られていません。最大が「無量大数(むりょうたいすう)」なのです。「無量大数」は1の後ろに「0」が68個も付く69桁の大きな数字でした。
 もっとも、大きい数が何桁の数かということについては時代によって変動があります。大きな数は実用的なものではなく「仏の徳の広大さ」とか悠久の時を示す仏教の影響を受けて考えられたものですから、幾らでもよかったのかもしれません。
  大きい数の表現が整理されて「千は百の十倍」,…,「億は万の万倍」,「兆は億の万倍」のようにはっきり規定された記録は、中国で17世紀に書かれた「算法統宗」があります。それ以前の使いかたは「億」以上「兆は億の億倍」,「京は兆の兆倍」と急ピッチに桁数で倍々と上がりますので、当時の最大数「極(ごく)」は8,193桁(1の後に0が8,192個)の数になってしまいました。「算法統宗(さんぽうとうそう)」では「極」を89(0が88個)桁に縮小し、その上に四つの名前を付け足してあります。
  仏教伝来によってインド思想(仏教思想)の影響を受けて新しく作られたもののようです。中国は記録を大事にする国で異国の文化も必ず漢字に翻訳されています。翻訳のとき対応する中国名があれば当然このものに置き換えられます。「恒河沙」は恒河(ガンジス河)の川砂(沙)の粒の数と言うようになります。しかし、ものでない言葉、数字のように翻訳する相手が無ければ、発音をそのまま漢字の読みに当てはめて書きました。字そのものには意味が無く発音だけが似ている「音訳」です。
  阿僧祗(asamkhya),那由他(nayuta)はサンスクリット語でいずれも無限・無量を表します。( )内の発音に漢字を当てはめたものです。
  日本では江戸時代に「和算」が大いに研究されて多くの数学書が出版されましたが「算法統宗」の流れを汲んだ「塵劫記」が有名です。
  「塵劫記」の著者は「山城の国嵯峨村」(現京都市)の「吉田光由(よしだみつよし)」です。寛永4年(1627)に初版が発行されて3度改版(1634)(1641)されています。第一巻の第一項が「大かずの名の事」ですが、4桁を基本とする数の詞が整理されています。改版の都度若干の修正が加えられ寛永11年(1641)の第三版で綺麗に整理されたようです。これらの移り変わりを表に纏めてみました。
  寛永4年版には無かった「無量大数」が、8年版で89桁、11年版で69桁としてあります。「無量大数」は8年版「塵劫記」に初めて登場していますから、おそらく日本で作られたものでしょう。制限の無い「無限大」とは違いますが、実用的には「無限大」としてもよいでしょう。
  表で見るように漢数字は4桁で区切ると読みやすいのですが、西洋読みでは3桁が基準になります。昭和のはじめ「万」を1,0000の様に「,」を使って4桁で区切っていました。 その後国際的に通用するように3桁で区切るようになりました。しかし、今でも「算盤」の五の珠と一の珠を分ける梁には4桁ごとの位取りの点が刻んであります。
  表のゼロの数とは「1」の後ろに付く「0」の数、すなわち10の乗数を示します。桁の数は頭に「1」がつきますので、これより1桁大きくなります。たとえば「萬」の欄では「4」ですから、10の4乗 1× 104 =10,000 (1を含めて5桁)を表します。   右端の欄(古い単位)「萬」以上で、ほゞ2倍刻みに増えています。「算法統宗」(17世紀)では「億」から8桁でゼロが増えます。「塵劫記」でも初版(寛永4年版)(1627年)では「極」までゼロが1つづ増えていますが、8年版では「極」まで4桁づつ増え、それ以上では8桁増しと混在しています。11年版になって初めて「萬」以上がすべて4桁増しに整理されました。
和算の数詞(ゼロの数)の表
備 考
名前
ヨミ
日本「塵劫記」
中国
寛永
算法統宗
古い単位
11年版
8年版
4年版
一(壱)
十(拾)


万(萬)




*






恒河沙
阿僧祗
那由他
不可思議
無量大数





オク
チョウ
ケイ
ガイ
ヂョ
ジャウ
コウ
カン
セイ
サイ
ゴク
コウガシャ
アソウギ
ナユタ
フカシギ
ムリョウタイスウ
 0
 1
 2
 3
 4
 8
12
16
20
24
28
32
36
40
44
48
52
56
60
64
68
  0
  1
  2
  3
  4
  8
 12
 16
 20
 24
 28
 32
 36
 40
 44
 48
 56
 64
 72
 80
 88
  0
  1
  2
  3
  4
  5
  6
  7
  8
  9
10
11
12
13
14
15
23
31
39
47
  0
  1
  2
  3
  4
  8
 16
 24
 32
 40
 48
 56
 64
 72
 80
 88
 96
104
112
120
   0
   1
   2
   3
   4
   8
  16
  32
  64
 128
 256
 512
1024
2048
4096
8192














**
***

*「杼」は正しくは「禾偏」ですがワープロにないので「木偏」の字を借りました。

**,*** 「載は正の正倍」(4,096乗)、「極は載の載倍」(8,192乗)と考えられますので、この表の出典「単位の話」の「載」を5,096乗「極」を10,192乗とするのは根拠がないと思われます。

 この中には有りませんが時間を表すのに「劫(ごう)」が有ります。
 サンスクリット語kalpa(カルパ)の音訳「劫簸(ごうは)」の略で、通常の年月日では表せないとても長い時間のことです。仏典では「1辺が約7キロメートルもある立方体の大きな城に芥子(けし)粒を満たし、長寿の人が100年に1度来て芥子粒を1粒づつ取り出して、ついに無くなるよりも長い時間」と説明してあります。
 芥子の種は胡麻の種より小さくて直径0.2mmくらいでしょう。仮に1mmの立方体と考えても1立方メートルの中に10億粒(1,000,000,000)入ります。一辺7キロメートルの立方体は343兆立方メートルですから、343兆×10億(粒)=34.3垓(粒)が入りました。これを100年に一粒取り出すのですから 34,300垓年=3.43杼年(この字は正しくは「禾偏」です)になります。地球が出来てまだ46億年ですから、その発想の雄大さが偲べるでしょう。
 「劫」について、別に落語「寿限無(じゅげむ」に「五劫(ごこう)のすりきれ」という言葉が出てきますが、そこでの説明は天女が100年に(1000年だったかな?)1度降りて来て、その羽衣が触れることによって岩がすり減って無くなる時間ということになっています。 観光客のハイヒールの踵で庭石が痛んだと京都の寺院で大騒ぎしたことがありましたが、そんなに減るものかなと実感が沸きませんでした。

 参考
  「単位の辞典」:小泉(こいずみ) 袈裟勝(けさかつ),ラテイス梶C平成4年(改訂4版)